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Crescent buggy track

サーキット情報

拡張

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ちょっと時間があったので、前から気にかけていたコース右の最終コーナー前のショートストレートを土手ギリギリまで拡張しました。
拡張と言っても30から40Cmくらいなので極端にスピードが乗るわけではありませんが見た目が楽になったかな?
土盛する体力は残ってなかったので現状ではタイヤが若干取られてしまいますので、近日に造成。

ところで次のレース、「2013年さよならレース」は12月1日になっています。
是非皆様のご参加をお願いいたします。
豪華賞品でるかも、でないかも。
今回も未だ詳細決まらずのままですが、多分今回は12時にはスタートしたいと思っています。
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2013全日本

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台風で短縮された今年の全日本。
終わってみれば上位6台がMP9、10位の高城パパまで入れると7台かな?
それだけ京商の長年の努力の成果でしょうか。
日本大会とはいえ、もう少し車種多様のほうが面白いのに、メーカー、輸入元のパワーの差でしょうか?
原選手もMBXで出てくると思っていたのに残念。
それにしても御大河本選手の4回目優勝はごりっぱ。
是非、当コースでのレースでの快走をご披露頂きたい

2013全日本速報

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雨上がりのコンディションで予選は昼からの1ヒートのみが今日行われたようです。
明日、後予選1ヒート行ない、そして決勝ではないでしょうか?
MP9 Vs Losiみたい(w

暇、暇に  その4

なんとか購入出来た1/8レーシングですが、当時はエンジンは21でなく19それにシュニーレでなくピストンに遮蔽板のあるスカべジングでメタル使用、でも初の1/8は早かった(w
しかしまたしても走行場所と言えば板付バイパスの直線のみ。
結局いつしか飾り物になっていました。
そんな折、筑紫ラジコンにいきなり本格的8レーンのスロットコースが出現。
会社帰りは必ず寄って毎夜毎夜スロット三昧。
そんな時、筑紫ラジコンのパイロンを製作していた、娘婿の長さん、安川さん、お客さんの深ちゃんと、いきなりの1/8レーシングを購入。
聞いてみると、福岡市内ではほとんど開催されていない1/8レースがなんと筑豊の方で開催されているとの事で、それに参加しようといきなりの購入。
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その記事をWEBで見つけたのですが、レース参加はもっと前のような気もしますが、場所は芦屋の競艇場の駐車場でした、コースは俗に言うオーバルにインフィルドをちょっと入れたオメガでした。
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第一回世界戦でも当時はこんな感じなので今のようなテクニカルとは大違い。
更にこの大会にはトドロキファクトリーが参戦。
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若干カラーリングが違いますが、黄色に黒にフェニックスのロゴを入れた物がチームカラーです。
ボディーは日本GPで実際走っていたムーンクラフトマーチ、シェブロン、GRD、後に紫電など独特でした。
多分、石原は来ておらず、桂、武田、富田選手の3名のような気がします。
とにかく始めて見る本格的レーシング。
エンジンが回るのは当たり前ですが、高速コーナーのトレースがまったく違っていました、若干テールスライドしながらのコーナリングはV字に見え地元選手のアンダーなコナーリングとは大違い。
カルチャーショックと言うよりなんと、高いロードMAXの方が走ると信じていた地元勢に対してワークスは全員フラットパン仕様のロードACE。
情報がないとは言えまさかの出来事にアングリ。
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この画像ではもうすでにエンヤの初シュニーレの21Xが載っています。
兎に角、私にとっては初のレース参加、お立ち台はビール箱2段重ねた簡易タイプ。
足がガタガタ震えたのを良く覚えています。
成績なんか、なんにも覚えていません、ただまともに走らなかったのは確かです。
このレースに参加した事が異常なる1/8レーシングにのめり込んだ原因になりました。
                                         つづく

1/8レーシング

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例え日本開催で有力選手の欠場が多いと言えども日本1-2-3位は素晴らしい。

暇、暇に。  その3

当時、ラジコンの雑誌はラジコン技術か薄っぺらいモデルジャーナル(現在はプラモかな?)でラジコンマガジンはやや遅れての創刊だったと思います。
現在と違ってネットのない時代ですから月1度のこれらの雑誌からしか情報は拾えません。
しかしラジコン技術は飛行機、船系の記事は多いのですが車の記事となると中々薄い内容でした。
(現在も更に進んで完璧に車の記事はなくなりましたが)
しかし広告はここに集中してましたから色々そそられました。
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画像は車の臨時増刊号ですが、これは当時のバイブル的存在でしょうね。
あんだけ楽しかったナインシリーズもそのうち飽きられてお蔵入りになっていました。
そんな時、ラジコン技術を見ていたらトドロキ・ロードMAXなる1/8レーシングの広告が出ていました。
当時1/8は京商のダッシュ、クライマックス、イズミは出てたかな?それにその何年か後に福岡市内のアトム模型で見たアメリカ製アソシエイテッドRC100位だったと思います。
しかしこのロードMAXはそれらとまったく物が違いました。
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通常フラットパンの1枚シャーシが当たり前なのですが、これはユニバーサルボールをつかった今の3Pカーの元祖です。
ロールはピアノ線のスタビで簡単な物ですが当時は斬新。
設計はトドロキファクトリーチームの武田訓政氏。
武田氏はトドロキが1/8の製造する前は町の普通の模型屋さんですが、スロットカーのコースがあり、そこへ都内の腕自慢のレーサーが集まっていたそうです。
富田、石原、桂、あのムーンクラフトの由良などその後の活躍1/8レーサー群です。
その中でも高校生であるにもかかわらず武田氏の作るピアノ線半田シャーシ(当時はこれが普通)は抜群だったらしく、その流れでこのロードMAXも出てきたのでしょう。
まー性能うんぬんは別として1/8は憧れではありましたから、当時春日原に住んでおり近所にはあの40EgのF1パイロン機リトルトニーをFRPコンポジットで製造販売されていた筑紫ラジコンがあり、ここの親父さんに注文してしまいました。
しかしロードMAXは定価5万弱の超高価な車で親父さんに「こんな高いの買っていいのか?」と不安がられました。
当時私の初任給が7万弱くらいでしたから、それは高いですよね。
この頃からRCには後先考えない悪い癖が出ています。
そんなこんなで遂に夢に見た1/8エンジンオンロードカーを手に入れてしまいました。  つづく

暇、暇に No2

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前回の934の失敗とプロポSETが手元に残った事が更なるラジコン人生に繋がり、電動では遊べないと遂にエンジン物へ手を染めてしまった。
画像にあるのは京商ピーナッツバギー、しかし私が購入したのは石政のピーナッツバギーのはず。
エンジンの上にある冷却ファンと駆動伝達方式はまったく同じなんだけど私の勘違いなのだろうか?
初めてのエンジンでその始動方法もまったくわからず、ニードル調整なんかも適当なもので、誰に聞くでもなく試行錯誤。
当時の09エンジンとなるとかなり精度が低くアイドリングなどまったく安定せず、かなり手を焼かされました。
それにこの駆動方法がよくなく輪ゴムのようなベルトでクラッチに繋がっており、油で滑るし、ゴムはすぐに伸びてまったく散々だった。
まー当時の安いラジコンは概ねこんなもんで耐久とかまったく無視の見切り発車的販売でパーツも中々手に入らなかった。
この車は2から3回くらいでお蔵入り、しかしここでもプロポSETと次に09エンジンが手元に残ってしまった。
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そして次に手に入れたのが石政のナインシリーズ。
このシリーズは好評だったのか世に石政の名を残し永いこと売られていた記憶があります。
このキットは車の構成自体はありきたりだったのですが、エンジン始動がスナップスターター方式で、後輪を手で回すとエンジンが始動できたので、当時高価なスターターを持たずとも遊べたのがベストセールスの原因かな?
この車は結構遊べて当時大宰府インターを降りて空港へ伸びるバイパスが建設中でまだ開通しておらずその区間舗装部分で十分遊べた。
ただ走らすと言っても、直線の往復のみ、コーナーもターンマークもなかったがそれでも面白くてしょうがなかった、このナインシリーズは中央ではレースなども開催されていたらしい。

結成記念レース

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10月6日前日の雨で路面はベストコンディションの中「クラブ結成1周年記念レース」が開催されました。
午前中昨日の雨でまだ走れる状態ではなかったのですが午後には良い感じになり私的にもこのコンディションは
今年一番ではないでしょうか。
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レース募集を対外的にかけていなかったので参加者がクラブレース的にはなりましたが10人越えの大盛況。
タイム順にAメイン4シード、Bメイン勝ち上がり2名、Cメイン勝ち上がり1名をかけて予選、下位決勝を行い
最後Aメイン決勝とスムーズにレースは進行できました。
中でも今回ポールtoWInの山口選手(MBX-7&ロッシ)怒涛の決勝走りで33.992秒と言う遂に34秒切のコースレコード樹立の快挙。
2位の江口(孝)選手(MP9&OS)も果敢に追いますが終盤フロントダンパーが脱落するアクシデントに見舞われながらの同LAP22周も又快挙。
レース終了後は賞品抽選会で無事終了。

次回は12月1日(日)「2013年忘年会レース」開催の予定をしております。

当クラブのレースはできるだけ参加ハードルを下げての開催なので初参加でも十分楽しめるようにとクラブ員努力しております。
是非次回は大分の貴方、大牟田の御大、そして佐世保の職人是非参加していただきたいものです。

暇暇に

本来Crescentのコース案内を更新していたのですが、そう毎日書くことないし最近、古いRC仲間と再会したこともあり、又あまり古くなると画像などがなくなるので自分記録としても昔のRCネタでも暇暇に書こうかなと思います。
という事で第1回目。
私が始めてラジコンを買えたのは大学出て福岡の量販店に入社した後、始めてのボーナスもらってからでした。
子供の頃には近所に江下RC、ひばり模型などあったのですがこの時代は大人の為のRCでその後の田宮第一次ラジコンブームが来るまで子供が買ってもらえるようなものではありませんでした。
たしか、江下RCのショーケースに白いF1のエンジンカーが長いこと飾ってあったのを何度も何度も眺めていた記憶があります。
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田宮の初のラジコンカーポルシェ934。
まだニッカドが普及しておらず単一電池でした。
ここから第一次ラジコンブームが到来するきっかけになった製品です。2f2m-21.jpg
プロポはこの形でしたが色がオレンジで三和グラコンといってたのですが、これは2F2Mミニと明記がありますが多分その後に出たのかな?
しかしこのプロポがそれまでの高級プロポから普及番となり格段に価格が安くないりラジコンブームに田宮と同じように火付け役となったのではないでしょうか?
結構この車とプロポからラジコンに入った人は少なくないようですが、私と違って親からのプレゼントととしてが多く小、中学校の頃だったとか聞きますからきっと貴方は良家のお坊ちゃまです。
しかしこの車、あんまり面白いものではなかった気がします、コースもなければ使い捨て単一電池では遊べる時間なんて知れてます。
しかし、この後プロポとサーボが残ったことが私のラジコン人生に大なるものでした。        つづく

5連から6連へ

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お立ち台ストレート前の5連ジャンプに新しくコブが出来て6連ジャンプになりました。
画像でもわかりますが、以前の1段目の向きは右に傾いており、ここを果敢に3連飛びをしていましたが、成功率の低さで見ていて綺麗じゃない。
という事で5連の手前に1コブ入れて直線的に2連飛び、そして曲がってさらに直線的に2連飛びとなりました。
2回目の2連を頑張れば3連飛べるかなと頑張ってみたのですがチョイ今のところは無理でした。
ただ非常に最初の2連そして更に2連は飛びやすいのですが、だからといって我武者羅にスロット握るとタイミング合えば一気に駆け抜ける感じなのですが、ちょっとでも車を挙動させるととんでもないくらいに車がぶっ飛びます。
逆2ジャンプしてに5連目のコブを越える辺りの着地が難しい。